「初音ミク」に関心があるわけではないが、このバーチャル歌手を生み出したソフト制作会社の代表が、初音ミク現象をとりあげたTBS系「アッコにおまかせ!」を批判したのには興味をもった。
番組には制作会社の意図するところは伝わらず、逆にこの人気を支えているオタク叩きの悪意ばかりがみえたというものだ。代表は、TBS側に「当初から、(初音ミクに)興味がなかったし、愛着もなかった」「(当社の)マスコミに対する認識の甘さが露呈する形となってしまいました」と嘆いている。
ネットを中心としたメデイアとテレビや新聞といったマスメデイアとの間で、このような確執というか、こぜりあいというか、そういう行き違いはこれからもしょっちゅう起きることだろう。このバーチャル歌手は動画投稿サイト「ニコニコ動画」で人気が急騰したそうだが、こうした現象にマスメデイア側が無理解であったり無関心であったりというのはありうることだ。制作会社の代表が「自分たちのマスコミへの認識が甘かった」と言うのは、マスメデイアへの信頼や善意の期待があったのに、それが裏切られたということだろう。
一方で、ネット系の人たち、それを好む人たちの間に、きわめて閉鎖的な、架空の世界で自足してしまう傾向が強いことも否めない。もちろん、バーチャルに対してリアルがあり、このリアルの世界のほうが重いのだなどと言う気はない。マスメデイアも、こちらがリアルなどという権利も根拠もないのであって、このほうがよほど真実や事実から遠いということもあるのだ。
しかし、ネットとテレビや新聞といったマスとの間に対立ではなく、互いに効果的に影響しあう相乗といった関係はありえないのだろうか。
日経ビジネスオンラインで、キリシトールの仕掛け人として知られるインテグレート代表・藤田康人さんの「楽しいテレビ広告ありがとう。でも商品は買わないよ」という論に対して、同じく広告についての論陣を張る須田伸さんが異論を提起している。
藤田さんの論のなかに「ある飲料ブランドがミクシーで、製品コミュ二ティーを開設し、すごいアクセス数を稼ぎ出し成功事例としてマーケッティングの世界で話題になりました。ところが、その製品の販売は全く増えませんでした」とあるのに、須田さんが、「私はそうは思いません。広告は、商品の売上を伸ばすための要素の一つではありますが、すべてではありません。オールorナッシングで議論するのは非常に危険な気がします」と反論。
須田さんは、広告の効果は1年、2年後、さらには広告の質の高さによっては10年、20年後にも現れるものだといい、「人の購買というのは、単純な損得だけではありません。ブランドというものは、その単純な損得を超えたところにある」と強調しています。
もちろん、藤田さんの論も、何も短期的な効果や販売数量の増加を広告の本来の目的だといっているわけではありません。むしろ、広告における時間の持つ価値などという点では、考え方は同じなのではないか。
ところで、須田さんが言う長い時間をかけて醸成されるブランドという価値、はとても重要なことだと思います。
デジタルの切り刻まれた時間は、すべてを数字化する効率と瞬間的な効果をもたらしますが、アナログのもつ波動のゆらぎや時間の蓄積がもたらす厚みを弾き飛ばす傾向があります。本来、これはそうあるべきものではないはずです。効率と厚みが共存する、いやそれによって相乗する統合的なあり方があるはずです。
異なるメデイアが、まさにクロスする、そのクロスメデイアの領域は、中間的な場所なのではなく、もともと本来的な、統合的な場所であるべきでしょう。
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異なるメデイアは相乗する
2007年10月16日 11:55 | パーマリンク | コメント(0) | トラックバック(0)
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産経新聞社で社会部記者のあと、朝刊編集長などを経験。その後、畑違いの総合企画室、総務局で仕事をし、2008年6月からニュースペース・コム社の社長。これまでの職業経験からいえば、これも予想外の展開。しかし、広告業界、それもクロスメデイアを標榜する世界に足を踏み入れて、いろいろと勉強しながら、結構楽しんでいます。
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