中部電力社員のうつ病・自殺をめぐる訴訟の控訴審で、再度、被告の主張が認められた。「行過ぎた指導や長時間労働が心身に過重な負担を及ぼし、うつ病の発症と自殺には、業務起因性が認められる」というものだ。
どの企業にとっても、パワハラやセクハラ、それにうつ病といった問題への取り組みは重要なものになっている。それだけ深刻な状況になっているということで、多くの企業が健康相談室を設け、専門家を置いて、真剣に対策につとめている。
しかし、一方で企業は効率的な経営を求められ、成果をあげるために、社員をより有効な人的資源と考えることを余儀なくされている。そのことが、個々の社員に過重な負担を強いる結果になっていることも否めない事実だ。
こうした悪循環ともいえる「会社経営」「組織のあり方」「会社人間」に対して、何かもっと抜本的な方策といったものはないのか。
企業経営の論客として定評のある、前花王会長の常盤文克さんの「日本人を苦しめる『人』と『会社人』のギャップ~企業民俗学が求められている」(日経ビジネスオンライン)に目がとまった。
常盤さんはこう言っている
「企業における人は、単なる労働力や人的資源という言葉では片付けられない存在です。事実、一昔前の日本企業は人を重視し、個性を引き出そうとする大家族主義的な経営スタイルが一般的でした。
ところが米国流の経営スタイルが浸透するようになってから、人を重視する発想が薄れてきているようにお思います。もちろん米国流の経営をうまく取り入れたことで、日本経済が大きく成長してきたことも事実です。しかし、それが結果的に社員を疲弊させ、閉塞感を生む一因となっていることを忘れてはなりません」
続けて
最近のビジネス論には、人の心とか感性といった「情」の部分が入ってこない。しかし、「人は『理』だけで動くでしょうか。情と理を対立概念で捉えるのではなく、両者を一体化していく経営手法が問われます。難しくとも企業はこれに挑戦すべきだと思います」
非常に優れた見解だと思う。もはや日本企業も、米国流の世界レベルの規準を導入せざるを得ない。しかし、これは決して、唯一つの世界標準なのではない。さらに求められている世界レベルは、『理』に勝ちすぎた論理ではなく、情と理を対立からさらに高次の統合された(一体化した)レベルまでもっていくことだ。
この課題は、日本企業こそが目標に掲げ、常盤さんが言うように、これに挑戦していくべきものだ。これが、まさに世界レベルであることは言うまでもない。
常盤さんは、具体的な一体化の方法についても述べておられる。ひとことでいえば、会社という組織があって、社員という人材がいるのでなく、個々の多様な個性や意欲をもった人間がいて、組織があるということだ。
ゆえに、その多様性をそこなわず、それを生かす工夫(統合的な組み方)を、組織のほうこそが考えるべきだということになる。
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企業経営における世界レベル
2007年10月31日 13:07 | パーマリンク | コメント(0) | トラックバック(0)
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産経新聞社で社会部記者のあと、朝刊編集長などを経験。その後、畑違いの総合企画室、総務局で仕事をし、2008年6月からニュースペース・コム社の社長。これまでの職業経験からいえば、これも予想外の展開。しかし、広告業界、それもクロスメデイアを標榜する世界に足を踏み入れて、いろいろと勉強しながら、結構楽しんでいます。
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