食品の表示偽造、誤表示が続いている。あの「崎陽軒」もシウマイの原材料表示に誤りがあったという。まだ詳細は分からないが、こうしたことの背景には、ブランドや老舗の価値についての読み違いや誤解があるように思われる。
どういうことかというと、のれんの価値というのは、もともと企業価値の大きな部分を占めるのに、売り上げ高や営業利益といった経済的価値(数字で表される)より下位にあるとみる、誤解のことだ。
そんなことはないのであって、のれんやブランドは確かに長い時間をかけて創り上げられる精神的な価値ではあるが、決して、経済的価値に劣るものではない。ただ、経営の数字ははっきりと見えるし、分かりやすいから、それを目先のこととは知りつつ、つい追ってしまうのだ。これは企業価値をトータルにとらえたものとはいえない。
関橋英作さんの『マケティング・ゼロ』(日経ビジネスオンライン)に「愛のあるマーケティング」という文章があって、これがなかなか面白い。
「皮肉なことですが、現代人が時間を失うことによって、時間の貴重さに気づき、モノの交換の底流にある『愛』に触れる。人間はくるくる回っているんだなあ、と思わされました」
関橋さんは、人に『愛』を贈る、贈与の精神が、マーケティングの原初にあったものだと言う。時間の重要さに気づいた消費者は、「ココロの充足、最高のおもてなし。すなわち愛」を求める。
消費者が経済社会の一方の主役に明確に登場した今、企業は、その消費者の単なる購買や消費の行動だけを見ていればすむのではなくなった。消費者のココロ、その充足感や安心感まで視野にいれなければならなくなった。この新しい事態の中にこそ、老舗ののれんの価値の復活があるのだ。
ここを読み誤ってはいけない。











