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NEWSPACE社長ブログ 岳中が斬る
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有目的、無差別殺人

現職の警官が女性を射殺するような時代だから、相次ぐ殺人事件といってもめずらしくないが、名古屋で31歳の会社員の女性が路上で拉致され、殺害・遺棄された事件もサイトでは旧聞になってしまっている(新聞朝刊各紙は、大きく扱っているが)。

この事件、3人の犯人は、数々の犯罪で悪用されたサイト「闇の職業安定所」(朝日新聞)で知り合ったという。犯行の動機は、金がほしい、奪うなら弱い女性、顔を見られたので殺した、死刑になるのが恐くて通報した-とういう信じられない短絡さだった。

目的は金だが、相手は弱い女性なら誰でもよかった。お互いに素性も何も知らないまま、いや知らないからこそ結びつき、何の縁もない女性を襲い殺した。

女性は磯谷利恵さん。産経新聞によると、「囲碁の愛好家が集う名古屋市内の喫茶店に毎週通い、数日前も仲間と3時間を超える対局を楽しんだという」「交際相手は『明るい人だったんですよ』と話すのが精いっぱいで、言葉にならず泣き崩れた」。この重い存在が、サイトで知りあった男たちになんの機縁もないま抹殺された。


インターネットはよくいわれるように、自分の見たいもの、欲するもの、知りたいことをほぼ無限に与えてくれるが、一方で、自分が欲しくないものをシャットアウトする権利も同時に与えられる。この特性は、自発的に必要な情報を収集し、チェックし調査していくことには最適だが、一方で、自分が欲するものしかいらないという閉鎖性も生むことになる。


「爆発的広がりを見せるソーシャル・メデイア その実態は『反社会的』メデイアなのか」のタイトルで、小林雅一氏が、プロフやブログ、SNSといったソーシャル・メデイアが、本来開放的なネットの中で、「自分と同質の人達だけで交わる」閉鎖的な空間を作り出している、と指摘している(日経ビジネス・オンライン)

世界中の情報を収集し、また自在に発信も可能にし、その集約された情報を分類し、万人の関心の度合いに応じて検索案内する、このネットのオープンでフラットな空間の中で、それであるがゆえにこそ、自分の関心、欲求、目的だけでしか結びつこうとしない閉鎖的な空間が生まれるというのは、重要な指摘である。

小林氏は論文をこう締めくくっている。

「ともすればGrup Thinkに傾きがちなインターネットやソーシャル・メデイアへの対立軸として、伝統的なメデイア(新聞など)のもつアジェンダ・セッティング(世論の議題を設定すること)の役割はいままで以上に重要性を増している」

祖父殺しと朝青龍

山口県で祖父を殺した高1の少年が都内で逮捕された。殺さねばならないほどのいかなる理由が少年にあったのか。かわいがった孫に殺された祖父がなんとも哀れに思われてならない。

少年は医師の父親と歯科医の母親の次男で、両親は離婚。昨年8月ごろから、山口で祖父母と暮らしていた。祖父は少年の高校の担任に「医者になってほしい」と希望を伝えていたという。少年は成績も悪くはなかった。

祖父の期待がそんなに重荷だったのだろうか。祖父の存在が、これを抹殺しなければならないほど、うとましいものだったのか。

動機はこれからだろうが、父親殺し、母親殺し、妹殺しなどこの種の殺人の動機はなかなかその深部はわからない。今回の祖父殺しも、いわゆる憎悪や怨み、邪魔な存在といったものではないだろう。むしろ、誤解を恐れずに言えば、少年には祖父への甘えや愛着があったのではないか。事件の背景には、広範な規模で進行する家族の崩壊があり、愛情への強い渇きがあるように思われる。

もはやどの親も(もちろん私も)この種の事件を他人事とは思えなくなっているのが現在だろう。


朝青龍騒動で、支援するモンゴル人有力者が「朝青龍は病気なんかじゃない」と証言したという。1週間前に「朝青龍は本当に参っているのでは」と書いたが、この証言が事実なら、これはもう何をかいわんや、である。

もし、日本相撲協会もモンゴル帰国を認めて、早々と引退させようとしているのだとしたら、自ら伝統の心をないがしろにするものだろう。朝青龍以上に、風格が求められているのは協会のほうだということになる。

この騒動にも、何か肝心なものが欠けたままになっている。

検索=文化の時代

鼻歌で曲名や歌手名を検索して教えてくれる(日本語版が公開)。そこまで検索するか、と驚くが、鼻歌をデータベース化して世界中の「音楽のWikipedia」を目指すのだというから壮大だ。

日本では携帯が重要な市場という。こういうことで、携帯でも検索の流れが、ますます大きなものになっていくのだろう。


日経ビジネスオンラインの「Webと広告の未来」特集のなかで、Jストリームの白石清社長がこんなことを言っている。

テレビや新聞は「集客メデイア」だが、ウエブは「説得メデイア」で「役割が異なる」。
ウエブについては、「マス広告のみだったPRの枠組みが広がって、自社を、消費者に分かってもらえる効果的なチャネルが現れた」ととらえたらいい。

「サイトに訪れた人をもてなしを通じ説得する」

白石社長は「お客様がウエブサイトから企業イメージや商品イメージを汲み取っていく流れはもはや止めようがない」と述べ、いかに自社サイトを有力な「説得メデイア」として活用するかが重要と指摘している。


ということは、当然、膨大な量のサイトからいかに自社サイトに呼び込むか。サイトへの入り口になる検索ワードの選定や検索対策もまた広告上、重要になるということだろう。


ところで、「居眠り磐音(いわね) 江戸双紙」をご存知でしょうか。時代劇ファンなら先刻ご承知の大人気小説のシリーズ(双葉社、22巻で500万部超)。7月からNHKで「木曜時代劇 陽炎の辻」のタイトルでドラマ化され、山本耕史、中越典子で、視聴率も12-13%を稼いでいる。

このサイト、22巻のあらすじや著者・佐伯泰英氏のインタビューなどで「居眠り磐音」の全体像がわかるものになっている。NHKのドラマ化というタイミングをとらえて、サイトへの誘引も高めようと、実は検索ワードを前面に押し出した「ニュースペース」を産経新聞の文化面などに集中的に掲載するという連動作戦(検索対策もあわせて)を実施した。


これが有効だった。サイトへのアクセス数およびクリック率も予想以上に増加。サイトを通じて「もてなし説得して」、ファン層を広げたのは間違いない。

(検索ワードは「居眠り磐音」)

朝青龍と岡林信康

朝青龍の病名が「急性ストレス障害」となった。
今回は「詐病」ではないらしい。吉田相撲診療所長が「病的な状態」といっている。

出場停止と謹慎という厳しい処分に相当、精神的にまいったというのは本当だろう。横綱の責務を放棄して勝手な振る舞いをしたのだから、それくらいは当然の報いだという声が聞こえてきそうだが、これで本人の希望通り「モンゴル帰国」を相撲協会が認めることになれば、またぞろ批判が高まるのは必至だろう。

石原慎太郎氏が朝青龍問題も広い意味の「文明の衝突」と指摘していた(産経新聞『日本よ』)が、朝青龍にとってみれば、日本の国技といっても、横綱の責務や風格といったところで、もう長い間、それを素直に受け入れる土壌を欠いたままだったのだから(なかでも高砂親方を師として、そこから学ぶということにも程遠かったのだから)、いまになっていくら言ってもそれは「押し付け」としか受け取らないだろうし、また受け取れないだろう。


今回、相当、精神的にまいったということは、朝青龍個人の若さやわがまま(反発や反感を含め)といった問題もあるが、心の深い部分では、日本の流儀や精神性をどう受け入れればいいかについて葛藤もまたあるのではないか。朝青龍の性格や資質を考慮しても、これがモンゴル相撲の王者であったら、状況は全く違ったものになっているだろう。


朝青龍のことを考えながら、朝日新聞の文化面を読んでいて、フォークの神様・岡林信康が10月に日比谷の野外音楽堂で、久々の大コンサートを開くという記事に出くわした。

このなかで岡林が、こんなことを言っている。

「それまで(幼い頃ひそかに陶酔した江州音頭に気づき見直すまで)は例えばボブ・ディランと同じステージに立てるか自信がなかった。自分はコピーじゃないかというコンプレックス。それが、エンヤトットで初めて消えたんです」

「おやじは新潟の農家の生まれだが、牧師になり、民謡を捨てて賛美歌に走った。彼の中での明治維新でした。僕は大学の神学科に入ったが、曲折を経て自分の中の日本人を発見した。これはどの分野にも起きることです」

DJは変質するか

マードック帝国のダウ・ジョーンズ買収が正式に合意したということで、日本の各紙朝刊も、突っ込んだ情報と解説記事を載せている。

この買収、「カネになる」(マードック会長)質の高い経済情報(日経)の入手が目的であり、これは経済情報市場をめぐる世界規模のメデイア再編のひとつ、というのが包括的な見方だろう。

もうひとつ、新聞各紙が取り上げているのが、ウオール・ストリート・ジャーナル(WSJ)紙の「編集権」の独立の問題で、日経の編集委員氏は「世界的に企業再編の波が高まる中で、メデイア産業も例外ではあり得ない。それだけにニューズの傘下に入るDJとWSJ紙が変質するのかしないのか、注視していく必要がある」と書いている。

なるほど、マードック氏のこれまでの手法をみると、編集権の侵害は早晩起こるといっていいかもしれない。ただ、編集権の問題は、経営と編集現場とが鋭く対立したときに象徴的な問題になるのであって、それ以前に、WSJ紙が長年培ってきた情報の質の高さが貶められるところまで、その侵害が及ぶようなものなのかどうかが重要な問題である。

仮にそうであるとするなら、これはマードック氏にとっても自己矛盾であって、広義の意味での質の高さが減じるなら、それはやがてWSJ紙の価値低下につながり、グループの価値増大どころか重荷になることだろう。


ネット社会が進展すればするほど、かえって新聞のもつ「信用」を含む情報の質の高さが、相対的に価値を増大させてくるのではないか。少なくともひとつの方向性としてはあるのであって、もちろんネットが新聞を凌駕するといった異なるメデイアの敵対的関係というのも避けがたくあるだろうが、一方で、相互に補完しあい、相乗的な効果を引き出すという関係もあるはずである。

メデイアの再編の中で、新聞は変質するかといえば、変質する。質的な変化を余儀なくされるだろう。ただ、異なるメデイアの間で、新聞の情報価値が生かされる、そういう相互の関係というのはあるはずである。
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代表取締役社長 岳中 純郎
代表取締役社長 岳中 純郎

産経新聞社で社会部記者のあと、朝刊編集長などを経験。その後、畑違いの総合企画室、総務局で仕事をし、2008年6月からニュースペース・コム社の社長。これまでの職業経験からいえば、これも予想外の展開。しかし、広告業界、それもクロスメデイアを標榜する世界に足を踏み入れて、いろいろと勉強しながら、結構楽しんでいます。

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