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NEWSPACE社長ブログ 岳中が斬る
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広告ブンガク論…いいですね

修学旅行ブログの不人気は、年配の教員にも問題があったのだろうが、まるで学校の延長のようなお仕着せのブログでは、生徒たちもおしゃべりする気にはなれなかっただろう。

それでオフラインのガイドブックも作ってアピールするそうだが、「古都・奈良」の魅力をどう10代の生徒たちに伝えるのか。その伝え方が、生徒たちの心に届くものであれば、オンラインであろうがオフラインであろうが、人気を取り戻せるだろう。


で、心に届く伝え方とはどういうことか。


サイバーエージェントの須田伸さんが「広告ブンガク論~人の心は何で動くのか」というコラムを書いている(日経ビジネスオンライン)。まだ未整理で、(笑)付きの「Web2.0 広告学」と断って、これからネットの世界が拡大・進化するにつれて、広告は「ブンガクになっていく。それも私小説のような」と言っている。

須田さんは「今まで、近所のスナックの近所コミュニティー内での影響力しかなかったのが、そこでの暴言暴論をブログに書くことによって『世界の中心になってしまう』可能性がある」という。

そういうところでは、社会は「これこれすれば『儲かりますよ』というロジック」が一番大事なのではなく、「人は生まれ死ぬ」という、まさに文学的テーマがもっとも重要になる。広告戦略の一番のテーマも、これになる。

なぜなら、文学の中の人間の行動のほうが、経済学より、少なくとも人間の可能性を豊かにとらえている、からだ。ゆえに、人間の心に届く伝え方は、ブンガクを踏まえたものになる、いうわけだ。

後半の展開は、須田さんが糸井重里さんの論を引用しながら行っているもので、それを私が意訳した。 もとになっているのは『ソーシャル・ウェブ入門』の著者・滑川海彦さんと糸井さんらの座談会だ。これがなかなか面白い。糸井さんの「ほぼ日」で読める。

現実世界(日常)の具体性こそが豊かさの源泉であって、これをそのまま世界大に拡大した空間がソーシャル・ウェブの世界ということだが、糸井さんは「口語文体×まんが」がこの双方の世界を劇的に変えるだろう、といっている。

昭和は遠く、か

「昭和の生き証人」「昭和の参謀」などといわれた瀬島龍三氏が逝った。大本営参謀、シベリヤ抑留について「歴史的事実を語ってほしかった」という見方がある一方で、著書「幾山河」などでしかるべき戦争の総括はきちんとなされている、という見方もある。

作家の保坂正康氏は、口を閉ざしたのは「軍官僚としての本分であったのかもしれない」と述べている(産経新聞)が、戦争をめぐる個人の体験としては、語るに語れない思いもあったのではないか。それは軍エリートの瀬島氏に限らず、多くの兵士にもあったことだ。


それにしても「昭和は遠く」の思いがする。若いころ「明治は遠くなりにけり」といわれてもピンとこなかったが、昭和は遠く、は実感だ。瀬島氏とは生きた領域がまったくことなるが、美空ひばりもまた昭和史そのものだった。

今年は美空ひばり生誕70周年で、また盛り上がったが、亡くなってもう18年である。昭和63年の東京ドームでの「不死鳥」公演は、まさに昭和の終わりの最後の輝きであった。

いま貴重な映像と幻の音源をおさめたDVD、CDに顔写真入りフレーム切手10枚をセットにした記念商品が販売されている。関心のある方は、本日の産経新聞社会面、あるいはホームページwww.misorahibari.com をご覧ください。

首を取って気勢をあげるのはよくない

遠藤農水相が辞任した。安倍新政権はリングに上がる前に一発食らったようなものだろう。首相の任命責任は問われるだろうが、これで政権運営能力まで「問う声が高まるのは必至」(朝日新聞)というのは、どんなものか。まだ、新政権の仕事はこれからではないか。

遠藤氏の辞任はやむをえない。それは倫理や政治とカネの問題ではない。ただ「不適格」だからだ。自分が組合長をつとめるところが、補助金を不正受給して返還もしていないというのでは、話にならない。そういう不正の責任者が、国の農業政策の責任者でありようがないからだ。

そもそも補助金のぬるま湯につかっているからこそ、こんな甘えた不正も生じるのではないか。地元の実情にも通じ農政にも経験が深いというので、安倍首相は任命したのだろうが、ここが間違いだった。「不適格」は「不適格」というほかない。


それにしても朝日新聞の社説は「(事前の)調査能力以上に深刻なのは、どんなに気をつけたつもりで選んでも、結局は疑惑や不祥事から逃れられない、ということかもしれない。自民党はそういう政党なのだろう」とまで書いている。


では、民主党をはじめ、ほかの政治家たちは不祥事や疑惑とまったく無縁なのか。
政治(家)は本来、現実や時代の流れを見極めて政策(ビジョン)を立て、これを実行するに強力な交渉力や調整力を発揮することが最重要な仕事である。

倫理やカネの問題がすべてであるかのようにして、政治や政党を断罪するのは、一見威勢がいいが、こうした論理には、何か裏に別の政治的思惑があると見たほうがいい。

やはり「改革」である

舛添厚労相が年金記録問題で「絶対サボタージュは許さない。やらないのがいれば、当然首切りの対象になる」と明言した。拍手である。社保庁の解体、さらに年金財源など、根幹にかかわる問題についても、明確なビジョンを提示し、果敢に実践してもらいたい。

参院選では、論点が年金問題に偏りすぎて、憲法や安全保障、外交問題がわきにやられたことを残念がる意見もあったが、年金をめぐる問題に政府があまりに無策だったために、集中砲火をあびたのだ。国家が年金という基礎的な社会システムに対してビジョンと実行力を喪失しているのは、きわめて由々しきことなのだ。


それは、新内閣の課題である公務員制度改革と地方分権についてもいえることだ。
きょうの「正論」(産経新聞)で、屋山太郎氏がずばり、こういっている。


「公務員制度の改革は(1)人材バンクの設計(2)定年制、評価制度の導入-の仕事が残っているが、目標は公務員も民間並みの働き方にするということだ。161の独立行政法人、特殊法人などはすべて法的根拠を持って設立されている。ろくな仕事もないのに何千万円もの俸給をもらうポストを作って天下る。これはどうみても“汚職”だ。(中略)官僚が4500法人に2万8000人も天下り、そこに税金が5兆9000億円も流れているのは異常だ」


屋山氏は、明治以来の「官僚内閣制」から脱して、憲法の主旨通りに「議員内閣制」を確立しろ、と指摘している。戦後レジームどころか、日本近代のレジームをぶっこわさないと前には進めないということだろう。


屋山氏は、地方分権を阻んでいるのも「補助金を握って手ばなさない中央官僚だ」といっている。

ネット開放性ゆえの閉鎖性

名古屋の女性拉致・殺害事件について書いたところ、アップした途端に続報が掲載された。サイトの有害性や問題性が指摘されるのは当然のことだろう。


ここでは繰り返さないが、ネットのオープンでフラットな特質そのものが自己本位の閉鎖性を生むのだということは指摘しておきたい。犯罪ー有害ー規制という流れはこれはこれで必要だが、それだけではなかなか片付かないというところが難しい問題なのだ。


リアルとバーチャルという関係は、行き来自在という関係ではない。しかし、自分への執着だけに実感があって、社会や他人の存在感が極度に希薄で、何でも可能だという幻想をたやすく生むところでは、バーチャルからリアルへすっと移行してしまうのではないか。

リアルとバーチャルの間には、ズレがあり差異があり、障害や障壁が横たわっている。少なくとも、両者の間がもっとよく見えるようになり、バーチャルはバーチャルで完結するというのではなく、相互の間でもっと交換(クロス)が行われないと、ネット社会というのは成熟していかないのではないか。
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代表取締役社長 岳中 純郎
代表取締役社長 岳中 純郎

産経新聞社で社会部記者のあと、朝刊編集長などを経験。その後、畑違いの総合企画室、総務局で仕事をし、2008年6月からニュースペース・コム社の社長。これまでの職業経験からいえば、これも予想外の展開。しかし、広告業界、それもクロスメデイアを標榜する世界に足を踏み入れて、いろいろと勉強しながら、結構楽しんでいます。

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